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3月, 2014の投稿を表示しています

手相が悪いと言われたら・・「結婚線」について

「手相が悪いと言われたけれど・・」という話を聞くことがあります。
私共のコスモロジカルパーミストリーでは「手相には脳の情報が表れるだけで、運命を表さない」とお話ししています。

私もずいぶん以前に手相を観てもらったことがありますが、「まあそうとも言えるかな」といった程度でよくわかりませんでした(笑)

個人鑑定をさせていただいていても、結婚線は1本もなくても幸せな結婚をしている方はいらっしゃいましたし、小指(コミュニケーション、金運、子供運などを見る)が極端に短くても「子どもが4人います」という方もいらっしゃいました。

とくに将来のことはわかりませんし、あくまでも「自分で予感していることが手相に出ている」と考えていただければいいかな・・と思います。
ということは、「将来のことはかえていける」ということです。

ある時独身の女性が鑑定に見えて「私は結婚線の先端が別れているから離婚するって占いで言われたんですけど本当ですか??」と心配していました。

予感している、ということですから「そうなると決まったわけじゃないよ」と前置きしてから、パートナーシップについての不安があるかどうかを彼女に聞いていきました。

結婚線の先端が別れているのは、結婚後「心のすれちがい」があったり、ご主人の「単身赴任」などで物理的に離れる可能性を示唆しているからです。

彼女は少し考えてから「そういえば私、自分の気持ちを話すのが苦手で、相手が自分の思うように動いてくれないと腹がたって自分の中にためちゃってストレスになるんですよね」と話してくれました。

そういうことが重なればいつか不満が爆発して離婚したり、そこまでいかなくても家庭内別居になったりすることも十分に考えられます。

相手が言わなくてもわかってくれる、というのは思いこみで「こうして欲しい」というのは言葉に出して言わないとわからないということや、たとえそれをしてくれなかったとしても態度や言葉などは表面上のことで、大事にしてくれる気持ちがないわけではない、ということも説明しました。

こんなお話をしていくうちに「なるほど〜今の考え方でいくと離婚の危機もあり得る・・ということなんですね、わかりました」と納得してくださいました。

手相で運命が決まってしまうわけではないので、手相を「自分を客観的に見る道具」として上手に使って欲しいですね(*^_^*)
手相が悪いからと言ってそれに振り回…

子育てに悩むお母さんへ

先月行われた「子育てパーミストリー」の様子です。
子育て応援イベント「キラキラ」での親子鑑定風景

子育てをしているお母さんたちには、悩みを抱えている人も少なくないです。
「子供がなかなか言うことを聞いてくれない」
「つい子供に怒ってしまう自分が自己嫌悪だ」
「うちの子は他の子と遊ぶのが苦手なようだが大丈夫なのか?」
「夫が子育てに協力してくれない」
「自分の時間がとれない」
など様々。
そういえば私自身も20年以上前に子育てした時はこんな悩みもありました。

子育てパーミストリーでは、まずは親子の性格などの「持ち物」を手相を見て知ってもらうことから始まります。

まずお母さんの手相を見ると性格、つまり子供との関わり方がわかります。
例えば全体的に濃い手相、はっきりした手相のお母さんは、自分の意志をはっきり持っていて、自分の力で色々なことをやっていく力があるということ。
それは良い点であることは間違いありませんが、「自分はできるから子供にもできて当たり前」と子供に自分の意見を押しつけてしまうところも・・。
子供は当然ながら押し付けられると反発する。
今度は反発する子供の手相を見てみるとやはり「自分の意見をはっきり持っている」様子がわかったりします。
お母さんから言われたことでも納得できないことは「やらない」
こういった組み合わせだとずっと「対立」してしまい、双方ともストレスが溜まります。

「じゃあ組み合わせが違えば「対立」はしないのか?」というとそういうことではなく、まず自分の持ち物である性格を知った上で、子供の態度や言葉に反応しないことが大事だと思います。
パーミストリー講座では「人を生かす意志は尊い」ということをお話ししています。
子供の口から出てくる言葉(たとえばくそばばあなど)や態度は変わりやすいものだから、間に受けていつまでも考えすぎず子供の存在を肯定していくことが大事だということを学んでいきます。

そんなこと言っても無理〜どうしても腹がたってイライラしちゃう。
という声が聞こえてきそうですが、もちろん親だって「神様」じゃないので、腹はたって当たり前です。
でもずっと「それについて考え過ぎない」ということ。(どうしてこの子はこうなんだ
それよりも「子供の存在を肯定していく」(持ち物であるこの子の言葉や態度よりもいてくれてありがたいという気持ちを強く感じる)…